近い将来のビジョン

忘れないように連投

7月28日の夕方にふと浮かんできたビジョンがあって

押方の古民家で、宿泊も出来る食事処(オーベルジュ)で

美味しい日本酒とそれに合う料理でもてなして

希望者にはもみほぐしを提供して

ゆっくり心身を癒していただく

即興で生演奏してもいい

神楽を舞ってもいい

もちろん自分ひとりでは出来なくて

みんなでビジョンを共有して、現実化する


同じ時期に高千穂で出会ったんだから

何かみんなで協力出来たら最幸だなと思った

みんなで協力して、喜びを分かち合えたら幸せだ

今日浮かんできた言葉

久しぶりの更新

今日ふと浮かんできた言葉

個人的な内容なので

後で振り返れるよう記録用に

答えは時が教えてくれる



「あの人がが高千穂で何かを始めるとき


それはお前のやりたいことと合致するから


出来る範囲であの人に仕えなさい。


歓びは前払いで既にお前に与えてある


一緒に仕事すれば同等またはそれ以上の歓びを得られるであろう」




春からの一連のことが、自分の中でやっと腑に落ちた氣がする。

諸行無常

猫のお寺の知恩さん」という漫画を読んでいて、『諸行無常』という言葉が目にとまり、

調べてみました。



諸行無常とは、この世の中にある全ての事象は、移り変わり行くものであり、

同じ状態のまま留まるものはないという意味です。

仏教には、刹那という考え方があり、一瞬の間にもものごとが変化していきます。

人生は儚く、諸行、つまり一切の作られたものは変わってしまうことを表す言葉です。」



無常が無情と音読みが同じで、自分の中ではネガティブな印象でしたが、

調べてみたらそうではなく、ニュートラルな言葉なんですね。



先日、東京や、3才くらいまで生まれ育った実家へ行って、

どこも大きく変わっていることを実感して、諸行無常を感じました。



あわせて、人の心も同じく諸行無常で、

その時どんなに強くこの氣持ちは変わらないと思っても、

変わるときは一瞬で変わってしまう。

そんなことも感じました。



だからこそ


氣持ちが通じた時、そのあり得なさ、有り難さに感激するし感謝する。

儚く、変わってしまうものだからこそ幸せを感じる。


そんな氣がしました。


すべてのことは当たり前ではなく、あり得ないくらい有難いこと。

普段日常生活していたらなかなかそのことに氣付きませんが、

その感覚を大切にしたいです。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

ご先祖様参り

“更に地に足をつけて生きていくために、先祖代々繋がる道を実感してきます”



今日東京入りして、明日約10年ぶりに山梨の実家へ帰ります。


山梨県韮崎市で生まれ、しばらく山梨で育ち

3才くらいに熊本の阿蘇に引っ越して、

それから通算20回程住所が変わりました。

流転の人生です。



今回実家へ帰るきっかけは、

職場の同僚に「ご先祖様を大事にしてますか?」

という問いかけでした。



そういえば10年くらいお墓参りしていない。

地震の後、支援していただいた親戚に挨拶出来ていないと

父に相談したらすぐに現実化しました。



また、これまで両親に今の状況をちゃんと伝えておらず、

一番近いご先祖様は両親だと同僚に諭され、

神奈川で妹夫婦と住んでいる母親と、

東京に住んでいる弟にも久しぶりに会う予定です。



親兄弟がほぼ別々に暮らしていることもあり、

これまで家族の繋がりという感覚が、自分にとって希薄でした。

ただ、みんな生きていて、会えるんだということに改めて氣付き、

会いに行って繋がりを実感したいと思います。


このタイミングで機会をいただいたことに感謝します。

ありがとうございます(^_^)

憎しみと許し

また変わったことを書くので、興味のない方はどうぞスルーしてくださいね(^^)

ちなみに、自分が書いているというよりは、何ものかに書かされているという感覚です。





それぞれの境遇の中で、

理不尽と感じることを経験し

なんで?どうして? 混乱して

悲しみ、反発して、拒絶して、許せないと憎み

目に見えないロープで結びつける。そして縛られる。



そのロープを断ち切る方法は、許すこと。

許すことによってのみ解き放たれる。

許しを乞うた時の感動

ロープを断ち切った時に感じる喜び

それらを愛することを学んだ時の至福

解き放たれた後にはこうした素晴らしい体験が待っている。

その体験を得るために、敢えて理不尽なことを経験するのか、と思えてくる。

ただただ感動と涙が待っている。

感謝



感謝とは、感じたことを言葉にして射ること。

昨日の夜から実体験の中で感じたことを言葉にして発信してみました。

ここまで読んでいただきありがとうごさいました。

一期一会

Wikipediaより

「一期一会(いちごいちえ)とは、茶道に由来する日本のことわざ・四字熟語。茶会に臨む際には、その機会は二度と繰り返されることのない、一生に一度の出会いであるということを心得て、亭主・客ともに互いに誠意を尽くす心構えを意味する。茶会に限らず、広く「あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった一度きりのものです。だから、この一瞬を大切に思い、今出来る最高のおもてなしをしましょう」という含意で用いられ、さらに「これからも何度でも会うことはあるだろうが、もしかしたら二度とは会えないかもしれないという覚悟で人には接しなさい」と戒める言葉。

一生に一度だけの機会そのものを指す語としても用いられる。」


昨日この写真を撮った時に、ふと一期一会という言葉を思い浮かべて、

そういえば詳しくはどんな意味なのか調べてみました。

考えてみれば、今この機会はもう二度と来ない一生にたった一度のことなのは当たり前のことなのに、普段そのことを全く意識していないんですよね。



今回一期一会という言葉を思い出させていただき、

その機会は二度と繰り返されることのない一生に一度の出会いであると心得て、

出来るだけ誠意を尽くしたいと思いました。


ありがとうございます

全ては繋がっている

有名な心理学者カール・ユングの“集合的無意識”の理論

ユングは「すべての人の『意識』は、その奥底で、『集合的無意識』につながっている」つまり私達個人の「意識」の奥底には「個人の潜在意識(無意識)」があり、さらにその奥底では、私達は「人類共有の共通意識(集合的無意識)」につながっているということを、ユングは発見しました。私達は、肉体という一面だけで見ると、一人一人が分離した個体なのですが、心の側面から見ると、すべての人間は奥底で一つにつながっているわけです。”



何か難しそうですが、心の奥底では全ての人間は繋がっているそうです。



ということは、一人の人間が変われば、自然にまわりの人にも影響がある訳です。

周囲の人への接し方が変わって表面的にも影響を与えるし、

心の面でも繋がっているから内面的にも影響がある。




と、いうことは



自分自身がい〜い氣分で毎日を幸せに過ごしていれば、

自然にまわりの人にも伝わっていく。

だから、他人や外側の環境を変えようとするんじゃなくて



自分自身がい〜い氣分で幸せに過ごすことに集中すればいい。